人が人たる所以は思考する事であり、それが人類に文明をもたらしました。我々はその恩恵を享受し、生活は便利になった一方で、文明に伴う物質的な問題、思考に伴う精神的な問題も抱えることになります。自然界の動物で精神を病むものは稀でしょう。一方、自然界を少し離れてしまった人類に於いては精神バランスを失った人が少なくありません。
禅宗には身心一如という言葉があります。西洋哲学は論理的思考だけに偏ってしまいがちです。しかしながら東洋哲学である禅宗に於いては先ず身体を重視します。身体を整え、呼吸を整える事で、自ずと心も整ってくるというのが身心一如の意味するところです。身体と心を呼吸によって繋げる修行法が坐禅 瞑想であり、禅宗だけではなく、ヨガに於いてもそれを目的としています。
そもそも仏教、禅宗はインド哲学、ヨガ哲学から派生したものです。禅宗は達磨によってインドから中国に渡り、更に日本に渡って花開いた思想、哲学ですが、今では日本よりも西欧諸国で注目されつつあるのを見ると複雑な思いがあります。
我々が生まれた時は先ず身体があり、その後自我が形成されていきます。自我、心というものは最初からあるものではなく、周りとのコミュニケーションを通して形成されていきます。身体は同じでも、周りの環境が違えば、違った自我が形成されていくでしょう。それを理解すれば身体が本質という事が理解出来ると思います。
考えた末に辿り着いた答えよりも、ひらめき、直感等の思考の外から湧いてきた答え、形成された自我よりももっと奥にある身体からの直接的な答えの方が自身にとっては正解な事が多いでしょう。
先にも述べた精神のバランスを崩すのも、考え過ぎが一つの要因にあると思います。例えば、将来の事を考えて、更に深く考えていくと、大抵不安になると思います。
絶対安泰な人生はなく、どこかで谷があり山があります。不安な要素は幾らでも思い浮かぶと思います。停滞感、閉塞感に陥りたくないのならば、そこは深く考えない方が良いでしょう。
それよりも先ず行動する事で、何かに取り組む事で先に進むのが賢明です。
考えているだけでは何も進んでいきません。
考える事、思考は、言い訳を作り出す天才です。いかにも尤もな言い訳を作り出し、あなた自身であなた自身の行動を妨害します。先延ばし、始めたいと思っていても、結局始められない。そういう人は思い切って行動に踏み切る事で人生がより開けてくると思います。
具体的に言うと、気分が浮かない時は散歩するのが良いでしょう。簡単な運動で良いので息がはずむくらいまで動けば、気分は晴れてくるはずです。運動程、抑鬱に効くものはありません。身体に立ち返り、呼吸に立ち返れば、本来の自然な状態に立ち返ることができます。
人生を有意義に楽しんでいるのは行動した人です。成功、不成功は客観的な判断なので、それ程重要視する必要はありません。それよりも、主観的に幸福を感じられるかというのが人生に於ける重要な要素です。
衝動のままに、本能のままに行動し、周りに迷惑をかけてしまう人は、思考、理性でその行動を止めるべきであり、何事もバランスが必要というのは言うまでもありません。
最後に実践的な事を。
部屋を綺麗に保つように心がけましょう。部屋の状態は心の状態を映す鏡のようなものです。
やる気が出ない時はシャワーを浴びる。夏ならば水シャワーが効果的。
身の回り、自分自身を清潔に保つことは重要です。
掃除、シャワー、運動は精神安定に非常に効果的です。

